心が疲れている時ほど締切や約束がどんどん集まってくる
人は心が疲れていると段々仕事を上手くこなすことが難しくなります。そうなると自分が思っているより作業が捗らなくなり、自分自身の考えと身体にズレが生じてきます。何か自分の中で決定的な要因が分からないと漠然とした焦りや不安が大きくなり、その不安を解消するために自らを追い込むことがあります。
例としては睡眠時間を削ったり、取りかかっている仕事とは別の仕事や予定を入れたりすることが挙げられます。きつさやもどかしさを別のノルマに対する挑戦心で乗り越えさせようとするのです。体調がある程度まで良いならば自分を追い込むことによって成せる仕事もあるでしょう。しかしうつ病等で心が苦しい状況にあるならば手痛い損失を被る公算が大きくなってしまいます。その仕事に取りかかる前までにいくつか失敗を重ねていて、自分に失望しているかもしれません。今までできていたことでさえ、同じクオリティでできなくなり新たに何かを取り組むこともしたくないかもしれません。
しかし如何に自分が人に迷惑をかけてばかりで無価値な人間だと言い聞かせて自分を追い込んだところでパフォーマンスはその苦しみに見合うほどは向上しません。元から持っているエネルギーの残量がとても少ないので締切や約束を抱え込んでも、仕事はなかなか減らないのでさらに自分の無価値感を高めるだけになってしまいます。うつの症状がひどい時は基本的に締切や約束を守れないと考えていいです。
個人的な出来事で言えば、私は少し前まで誰かと翌朝に会う約束をすると毎回前日の夜は眠れなくなっていました。待ち合わせ時間に遅刻すると相手に不愉快な思いをさせる上に、申し訳なさでその後数日動けなくなってしまいます。できる限りの準備をしたいのに夜中に頭が痛いのに眠れないので泣きそうになっていました。残念ながら定刻に間に合うのに決意の程は関係ありません。約束の時間まで三時間を切ると徹夜することを決めてコーヒーを飲んでいました。「病気なので遅刻することがありますが、ご容赦下さい」と言うのは大抵通りません。ですが、できる範囲で遅れても理解してもらえる人と会ったり、そもそも約束する機会を絞ったりすることを検討していいと思います。自分の苦しみを軽減するためにする努力は回復のために充分に優先されていいものです。
将来の不安があり、早く治りたい焦りがあり、冷静に自分を見ることが難しいのですが仕事を前に進めるための原理は残酷で至ってシンプルです。
「健康であれば仕事はできる」
ということです。うつ病は全く数値目標のない闘病生活であり、いつも健康が損なわれているために死にたくなるわけですが、これは動かすことのできない原理原則なのです。そうであるならば逆に不調の渦の中にあっては決意や覚悟は現実的な事態打開策にはなり得ないということなのです。
どうか、なるべく自分自身を追い込まないように自分を貶めて歩かせないように試みて下さい。仮にそれを実行したとしても何度も失敗を重ねる内にできる時にできることしかできないと思うようになります。それを解るまでに自尊心が絶滅するといった相当な代償を払う可能性はありますが。自分を追い込んで何かをさせようとする天秤のもう一方には自分の存在肯定や命(をかけるような覚悟も)がかかっていることを意識して過ごして下さい。「こんな些細な仕事もできないなら死ね」というような投げかけのことです。
うつ病の中で自分を追い込むことの危うさを改めて感じてほしいのです。
どれだけ決意して納期を守らせようとしてもできる時にしかできません。生きているだけでもかなりの負担がある人生を過ごす自分に対して、この文章を読んだ時だけでも努力不足だと責めることを休止していただけたら書いた意味があったなと思えます。